もう何ヶ月も前のことになるけれど、ふと今年の誕生日の出来事を思い出した。
その日の午後は打ち合せの予定が入っていた。
打ち合せといっても顧客と直に行うものではなく、その準備段階で行う事前打ち合せだ。
俺は余裕を持って会議が行われることになっている関連会社に向かった。
打ち合せ自体はごくごく普通のもので、特に大きな問題は出なかった。
自分が作った見積りと提案内容をもとに、後は営業が頑張ってくれることを期待するのみだ。
営業が自席に戻っていくのを確認しつつ、俺も自社に戻ろうかと思った・・・その時。
見つけてしまった。
少し茶色がかったサラサラな髪の毛、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢なスタイル。
決して派手ではないけれどアカぬけたファッション。
間違いない、彼女だ。
一瞬どうしようか迷ったけれど、その瞬間にしまった・・・と思った。
パソコンの画面に集中していた彼女がおもむろに顔を上げたタイミングで、お互いに目が合ってしまったのだ。その場からサッサと立ち去っていればこんなことにはならなかったのに。
いっそのこと自分のことなんか忘れてくれていればいい。そう思った。
けれど、彼女が視線をそらす気配は一向に感じられない。
仕方がないので彼女の近くに行き、挨拶だけしていくことにした。
『Yさんだよね? 久しぶり。』
『えっ・・・あっ・・・。どうも、お久しぶりです。 やっぱりRIS-O君だったんだ。』
『まさかこんなところでまた会うことになるとはね』
Yさんは以前俺と同じ会社で働いていた・・・というよりも、俺と一緒に働いていた派遣社員の女の子だった。同い年だから”女の子”という表現が適切であるかどうかは疑問に残るけれど。
『ホント、こっちこそビックリだよ。』
そう言って微笑んだ彼女は、以前ウチの会社に居たときと同じ笑顔で・・・やっぱり可愛かった。
『ここじゃアレだから・・・ちょっとあっちに行きません?』
そう言って彼女は廊下の方を指差した。
休憩コーナーに移動した後、俺は自動販売機で缶コーヒーを二つ購入して片方を彼女に差し出した。彼女は俺の気遣いに少し驚いた様子を見せたものの、礼を言って素直に缶コーヒーを受け取った。
『まさかここで会うとは全く思ってなかったからビックリですよ。』
『それは俺のセリフだから。・・・っていうか、もう忘れられてると思った。』
『忘れるわけないじゃないですか! ・・・こんな個性的な人。』
『どーゆー意味? それ。』
そういって二人は笑った。
ああ、あの頃と変わらないな・・・そう思った。
彼女はウチの会社に来た直後から天性の明るさと人なつっこさを惜しみなく発揮していた。病的なまでに人見知りの俺でさえすぐに仲良くなることが出来たくらいだ。ウチの会社ではただでさえ女子が貴重な存在だ。そのせいもあったかもしれないけれど、彼女はすぐにアイドル的存在になった。
彼女は誰に対しても優しかったし、話を合わせるのが上手かったからすぐに仲良くなった。仕事ではかなりの時間一緒に行動していたし、客先で遅くなったときは一緒に夕食を食べて帰ることもあったから・・・俺が彼女に惹かれるまでにさほど時間はかからなかった。
『で、RIS-O君、最近どーなの?』
『何が』
『いや、女の子にガッツいてるかな~?って』
『久しぶりに会ったのにいきなりそれかよ!』
相変わらずのノリ突っ込みに彼女は口元を押さえて笑っていた。
あのときと決定的に違うのは、彼女の左手の薬指に指輪が光っていることだけだ。
『だって、周りはほとんど結婚しちゃったじゃん。だから、RIS-O君はどうなのかな~って。』
『俺の方は相変わらず。出会いもないし安月給だし身動きとれませーん。』
『そんなこと言ってていいの? もうイイ歳なんだからさ~。』
『イイ歳って・・・ウチら同い年じゃん!』
『あれ?誕生日いつだっけ?』
『今日だよ! 何か文句ある!?』
『そうなの!? 久々に会った日が誕生日だなんて! ・・・こんな偶然もあるのね。』
それから二人でお互いの会社のこととか、ウチの会社の人はどうしているか。とか・・・他愛のない話を少しばかりしてお別れした。
その日、夜遅くに自宅に帰った後、ケータイを確認してみると何通かのEメールが入っていた。そのうちの一つはYさんからだった。
『今日は話しかけてくれてありがとうね。久々過ぎてビックリだったよ。
また以前の会社の人達と飲みに行ける機会があったらいいな~と思っています。
それとRIS-O君、誕生日おめでとう☆』
どこでどう間違えたんだろう、と思う。
もし、あの日。居酒屋に飲みに行った後の帰り道で、ただ一言『好きです』と君に言えていたら、俺の人生は変わっていたのだろうか。一瞬そんなことを思ったけれど、その思いはすぐに打ち消した。歴史に「たら」、「れば」なんて有り得ない。別の世界を生きている自分なんて会いようがないじゃないか。
『そういうYさんはどうなのよ。結婚生活は上手く行ってるの?』
『それが・・・最近家を買っちゃったから金欠で・・・』
『えっ!? もう家を買ったの?』
『そうなの。 前に彼が住んでいたところよりも、もうちょっと田舎の方なんだけどねぇ。』
言葉では不満そうにつぶやいていたものの、彼女の表情は今までに見たことのないほどに明るく、幸せに包まれていた。俺はケータイを片手に返信を打ちながら少し考えてみた。いつか、自分も、彼女のように笑える日が来るのだろうか。
・・・・・・いやぁ、僕って小説家の才能あるのかなぁ?(オチ